昨日の午後、NHKーFMの
「歌謡スクランブル」を聞きに、大急ぎで出先から帰宅しました。どこかで遠雷が轟いておりました。ウチのラジカセには予約録音設備が付いていません

今日の12曲のラインナップの内、カバー曲は2曲だけで、その内の1曲、健之くんの『青葉城恋唄』が綺麗に流れました。杜の都・仙台の美しい季節の移ろいが、目に浮かんで来るかのような優しい歌声は、私達ファンはいつも
CDで聞いているのですが、ラジオから聞こえてくる感覚はまた格別です。今日も全国で新しく沢山の方が聴いて下さったことでしょう。健之さんの
「気まぐれ日記」に、ブッダの言葉と五木寛之さんの「大河の一滴」にまつわる、少し長い文章が有りました。マイクを握っている時・いない時、歌手・松原健之さんの胸の中には、日々どういった思いが去来するのかな・・・、日記を読むファンにも少しだけ切ない思いが生まれます。
健之さんはブッダについて書かれましたが、赴き変って最近何かと‘聖歌・賛美歌’に親しむ機会も多い私が、しばしば感じる事─それは、賛美歌の中には、メロディーを見ますと艶歌・歌謡曲もかくや!と思われるような

結構翔んでる(?)名曲も多いという事なのです。‘キャンプファイヤーの歌’としてみんなが知っている「星の界(よ)」♪つ〜きなきみ空に き〜らめく光♪なども元は賛美歌ですし、これよりもずっと、リズムもメロディーも変化に富んだ曲も多いのですね。ちなみに、フィンランドの第二の国歌と呼ばれて国民から親しまれている、シベリウス作曲「フィンランディア讃歌」も、元が「やすかれ我が心よ」という賛美歌だそうです。
沙羅双樹の樹の下で、弟子達に「悲しまなくてよい」と言い遺して入滅された釈迦も、ゴルゴダの丘で人類の為に十字架の死を選ばれたイエスも、人の心の平穏と、世々の平和を祈られた事に変りはありません。今日、6年目の『9.11』が過ぎようとしています。